1946年に東京で誕生し、幼稚舎から慶應義塾に入り、慶應大学卒業後に株式会社旭化成に入社。
宣伝部員として働くが、スタイリストとして活動するため、退職。
スタイリストとして働く中で、広告写真撮影でイメージする服を探すことができず、自作したことが「デザイナー」としての始まり。
それ以降、周りからも好評で、デザイナーとしての仕事がメインになっていく。
1973年に株式会社コムデギャルソンを創業。
その後、1975年の東京コレクションを経て、1981年にパリコレクションに参加する。
このパリコレクションで「川久保玲」というデザイナーを世界が認知することとなる。
慶應大学の先輩でもある山本耀司と一緒に参加するが、そこで「黒の衝撃」を世界に与える。
当時タブーとされていた黒を基調とした服で挑み、「西洋の服への冒涜」という声もありながら、「新しいファッションの幕開け」と賛否両論が起きた。
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