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|STUSSY ステューシー|と言えば、ショーン・ステューシーが始めたストリートブランド。
ストリート系の元祖とも言えるが、「聞いた事はあるが、よく知らない」という人も多いのでは無いでしょうか?
深い歴史から、ロゴ・デザインの人気度や年代の見極め方法まで徹底解説をします。
元祖ストリート系は奥が深い
分かりやすい見極め方法とは?
近年、80年代や90年代の古着も価値が上がってきており、特にストリートウェア関連は価値が上がっている。
さらに、ショーン・ステューシーが|Dior|とコラボレーションするなどで|STUSSY|は注目が上がっている。彼が在籍していた1996年以前に発売されたOLD STUSSYが特に人気。
大きく見極める方法としては、2000年以降から「MADE IN USA」以外となっている為、「アメリカ製であれば価値が高い」と考えても問題無いだろう。
↓の画像をクリックすれば、説明している記事に移動します。
ショーンフォントロゴの誕生=|STUSSY|の誕生と言っても過言では無い。
ロゴデザインの人気がその品の価値を決める。
また、ストリートウェアである事もあり、アイテムによる人気差も大きい。
アイテム別の販売価格や人気をこちらで確認してください。
あと気をつけたいのは、コラボ商品やカスタムメイドシリーズなどの人気シリーズもあるので、そちらもチェックが必要です。
↓の画像をクリックすれば、説明している記事に移動します。
カリフォルニアのサーフ少年が
新しい一大ジャンルを作り出す歴史
|STUSSY|を創業したのは、ショーン・ステューシー。
当時、明確なストリートウェアは生まれていなかった。
つまり、
|STUSSY|の誕生=ストリート系の誕生
で、ストリートウェアの元祖なのだ。
そんな|STUSSY|の歴史を紐解きます。
ショーン・ステューシーは、カリフォルニアで1954年に生まれた。
ラグナビーチでサーフボードのシェイパーとして働いており、製作販売していました。
そんな1979年、サーフボードに自分のサインを入れる事にした。
それが、今でも|STUSSY|の代表的ロゴ「ショーンフォントロゴ」の誕生だ。
そのロゴは評判が良く、サーフボードにロゴを入れるようになる。
1980年には、プロモーション用にTシャツやショーツにロゴを入れて販売し始める。
つまり、|STUSSY|のルーツはサーフィンでショーンのサインなのだ。
ロゴは、ショーン・ステューシーの叔父で画家のジャン・フレデリック・ステューシーのオマージュと言われる。彼は引退し、カウアイ島でサーフィンライフを満喫している。
1980年代初頭に撮られた写真。
デザインがビーチカルチャーにマッチし、若者たちの間で人気が出る。
その後、ヒップホップやスケートボードのカルチャーともマッチし、その人気を確実のものとする。
ショーンは、1984年に会計士のフランク・シナトラと|STUSSY|を会社化する。
1986年にはニューヨークとカリフォルニアにショールームを開設。そのタイミングで日本での展開をスタート。
同年に、藤原ヒロシと雑誌「宝島」の取材で出会う。
1987年には、「ISTスタジャン」を製作。
ISTとは「INTERNATONAL STUSSY TRIBE(国際的なSTUSSY族)」の略で「仲間」という意味。
ミュージシャン、スケーター、DJ、アーティストなど互いによく似た感性の持ち主を「IST」と呼び、チームジャケットとして製作した。身近な仲間内にはこのジャケットにネームの入った物が配られたそうです。
ロンドンの「Gimme 5」創設者マイケル・コーペルマン、、ロックバンド「THE CLASH」ミック・ジョーンズ、ロックバンド「BIG AUDIO DYNAMITE」ドン・レッツなどが参加していた。
1987年に生まれたISTのスタジャン。その後も毎年のようにリリースされた人気アイテム。
「その街で認められたオシャレな人に服を着てもらう」というマーケティング方式は、藤原ヒロシを通じて、裏原系ブランドに継承される。
1989年、ニューヨークのセレクトショップ「UNION NYC」では|STUSSY|を取り扱っていた。そのショップとオーナーを気に入ったショーン・ステューシーは頻繁に通っていた。
そのオーナーこそ、その後|Supreme|を立ち上げるジェームス・ジェビアだ。
そんなイケてるジェームスに、1991年ニューヨークのショップを立ち上げをお願いする。
イギリスの国営TV局BBCの番組で特集されるほどの関心を集める。当時、NYのストアマネジャーとしてインタビューに応えるジェームス・ジェビア。
「コレクターは多いですね。たとえばこれは10種類あるけど、全色買っていく人だっている」と回答した。
1996年、ブランドは史上最低の売上を叩き出す。
その最中、ショーンは退任する。
「会社との対立が原因では無く、家族と過ごす時間を増やす事が目的」と発言。
ショーンとその後のブランドを見れば、それが真実であろう。
退任した事により、共同創業者であったフランク・シナトラがブランドを率いて、ポール・ミルトマンがアートディレクターに就任。
1990年代前半、アメリカではヒップホップとアーバン・スタイルの流行が融合し、|Triple Five Soul|、|FUBU|などのアーバンブランドの時代だった。
そういった事情からアメリカで不調だった為、海外でのビジネスに注力。
特に日本では、裏原系ファッションが隆盛期。しかもISTの藤原ヒロシがそのシーンで主役だった事もあり、ブランドの評価が特に高かった。シナトラはそこに目をつけ、特に日本に注力した。
ショーンは退任した後、カウアイ島でサーフィンライフを満喫しているが、クリエイティブ活動は続けている。
サーフボードの製作などを行なっていたが、2011年にサーフブランド|S/Double エスダブル|をスタート。
2016年には|BEAMS|創業40周年を記念して特別オーダーのスタジャンを製作。
その後2020年には、ショーンステューシー自身と|Dior|とのコラボレーションを発表し、世間を驚かせる。
メンズコレクションのアースティックディレクターであるキム・ジョーンズとは親交が深かった事により成立。
キムは|Louis Vuitton|と|Supreme|のコラボレーション を成立させるなど、ストリートファッションへの理解が深く、元祖ストリートブランドの親「ショーン・ステューシー」とコラボするのは必然だ。
サーフィンブランドから始まり、
元祖ストリートブランドになるまでの歴史
'1980
ショーンは、1979年からサーフボードにサインを入れて販売。
そのロゴが人気となり、Tシャツやショーツを販売し始める。
その後1984年、会計士フランク・シナトラとともに会社化する。
'1986
1986年には、ニューヨークとカリフォルニアにショールームを開設。
そのタイミングで日本での展開をスタート。
同年、藤原ヒロシと雑誌「宝島」の取材で出会う。
'1987
「INTERNATONAL STUSSY TRIBE」の略で「仲間」という意味。
ミュージシャン、スケーター、DJ、アーティストなど
互いによく似た感性の持ち主を「IST」と呼び、
チームジャケットとして製作し、
身近な仲間内にはこのジャケットにネームの入った物が配られた。
'1991
「UNION NYC」のジェームス・ジェビアがショップを立ち上げる。
そのジェームスこそ、その後|Supreme|を立ち上げる。
'1996
1996年、ショーンは退任する。
「会社との対立が原因では無く、家族と過ごす時間を増やす事が目的」。
退任後、共同創業者であったフランク・シナトラがブランドが率い、
ポール・ミルトマンがアートディレクターに就任。
'2001
L.A.チャプトが2001年からはじめたシリーズ。
過去のデザイン等をアーティストやクリエイターたちに蘇らせたものや、
オリジナルデザインもリリースしている。
'2011
|STUSSY|を退任したショーンが立ち上げたサーフブランド。
2016年には|BEAMS|40周年スタジャンを製作するなど精力的に活動。
'2020
ショーンが|Dior|とのコラボレーションコレクションを発表。
メンズディレクターのキム・ジョーンズとの親交により、実現。
元祖ストリート系
アイテムとロゴデザインを極める
プリントシャツや、シルク生地で作られた商品の定価は高い傾向。
ショーツは¥14,300~で展開されている。また、デニムパンツは¥25,400-で展開。
ザ・|STUSSY|の代表的ロゴ。
ブランドが始まりでもある、ショーン・ステューシーの自分のサイン。自筆でショーンオリジナルの字体という意味。
こちらもザ・|STUSSY|の代表的ロゴ。
ブロック体を使ってブランド名を書いた物がストックロゴと言われている。ショーンフォントロゴとの区別が難しいが、少し角張っている方がストックロゴ。
Sと大きな文字に王冠が付いたブランドロゴは、Sクラウンロゴと言われている。
シャネルロゴとこのSクラウンロゴは、OLD STUSSYでよく見かけるデザイン。
|STUSSY|が昔から得意としたフォトの定番。
1950年代の写真をプリントにショーンフォントでデザインが入っている。
元祖ストリート系
年代の識別方法を見極める
2010年代からの「90s」ブームに乗って、「OLD STUSSY」が大流行。
特に、ショーンが在籍していた90年代前半までのモデルはかなりの人気。
年代判別はタグを見れば分かるが、さすが「Made in U.S.A.」であり同じタイミングなのに別タグが使われていたりと、色々な情報があり真偽は定かでは無いものも。
情報が分かり次第更新はしていきますので、参考にしてみて下さい。
創業した1980年代初期の大変希少なタグ。
こちらは、シャツのみに使用されていたタグ。
黒地に白色でブランドロゴが刺繍されたシンプルなタグの下にはサイズ表記のみが付いてる。そして、内タグには「生産国」「素材」「洗濯表示」。
また、タグには「ショーンフォント」と呼ばれるPOPな字体が使用されている。
タグの下にもう1枚タグが付く2枚タグタイプ。
こちらの写真は|Hanes|のボディが使われているモデル。1980年代後半まで、Tシャツは社外製を使っていた為、「タグなし」「黒タグ2枚(通称:後付けタグ)」「サテンタグ」などがある。
それ以外にもシンプルなタグのものもある。
1枚目のタグには、シンプルにブランド名だけが刺繍されており、2枚目のタグには、「RN表記」「素材」「洗濯表示」「サイズ」「生産国」の情報が記載されている。
初期タグと異なり、タグの上だけが縫われているのも特徴。
「黒タグ」で一番数が多く出回っているタグ。
商標を表す®︎がつき始めたのは90年代からとも言われる。
このタグは、一枚のタグの表と裏に情報が記載されている。
表側には、「ブランド名」「サイズ」「生産国」
裏側には、「素材」「洗濯表示」
が記載されている。
1990年代に入ると、白地に黒文字で刺繍された通称「白タグ」が使用される。
ブランドロゴが少し丸みを帯びたものに変更し、サイズと素材表記に赤文字が使用されるのが特徴。
表側には、「ブランド名」「サイズ」「生産国」
裏側には、「素材」「洗濯表示」が記載されている。
これ以降のタグはこの表記になる。
1990年代中旬頃になると、紺地に白文字で刺繍された通称「紺タグ」が使用される。
タグから「SIZE」の文字が消えますが、白タグの名残かサイズ表記が赤丸で囲まれるデザインは継続される。
さらに、サイズ表記の赤丸が消える。
さらに、これまでの「L」表記から(Large)表記へと変化します。これ以降、この表記が使われる事が多い。
紺地に「赤」と「青」がデザインされた紺タグ。
1997年から使用されるようになったそうで、紺タグの最終と言われている。
2000年代に入って銀の生地に紺の刺繍でデザインされた通称「銀タグ」。
2000年から使用されるようになって、このタグの途中から「MADE IN USA」から違う国へ変わった。
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