【買取強化中】恵比寿系全史|裏原系からの進化と東京ストリートの変遷をまとめた完全ガイド

裏原系が東京ストリートを席巻した90年代。その熱気が一段落した2000年代前後、次の潮流として静かに存在感を増していったのが“恵比寿系”だった。
派手なロゴや強い主張とは距離を置き、シンプルで上質、そして大人びたムードをまとった新しいストリート像──。

それは、裏原の反骨精神を受け継ぎながらも、より洗練された都市型スタイルへと進化した文化だった。本記事では、その誕生背景から主要ブランド、裏原系との違い、現代への影響までを総合的にひも解き、恵比寿系が東京ファッション史に残した意義を探る。

 

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|恵比寿系|
とは?

裏原系後の
「大人ストリート」とは?

時期

1997 - 2004年

1990年代後半、Hi-STANDARDを軸にパンクシーンが一気に加熱。そのエネルギーをバックボーンに持つブランドが次々と立ち上がり、停滞し始めていた裏原系シーンに鮮烈な風を吹き込んだ。

主なブランド

Devilock / Mackdaddy / SWAGGER /
NITRAID / EMPIRE / PHENOMENON /
GARNI / ALMIGHTY / SCANNER /
BOOTLEG BOOTH ...

特徴

ストリートのラフさとモードの洗練を掛け合わせたスタイルが持ち味で、
「抜け感」と「さりげない気の利き方」がポイント。
スタンドカラーのナイロンジャケットやドローコード入りのパンツ、ビーニー、ミニバッグといったアイテムを軸に、モノトーンや蛍光色で無機質かつアーバンにまとめるのが王道。

|恵比寿系|
歴史

裏原系後の
「大人ストリート」 の軌跡

恵比寿系の父親
音楽を軸に新たなムーブを作ったバウンティハンター

1990年代、東京ストリートカルチャーの中心に立っていた BOUNTY HUNTER は、単なるファッションブランドという枠に収まらない存在だった。
パンク、ハードコア、クラブミュージックといった多種多様な音楽シーンとの強い結びつきは、当時の若者にとってひとつの“入口”となり、新しいムーブメントを生み出す原動力となった。

黎明期の DevilockMACKDADDYEMPIREなど、後に“恵比寿系”と呼ばれるブランドをいち早く扱ったのも、BOUNTY HUNTERが音楽とカルチャーを深く理解し、その熱量をファッションとして昇華する力を持っていたからだ。
店頭はショップでありながらライブハウスのようでもあり、情報が実体験と混じり合う“交差点”として、多くの若者を惹きつけた。

当時の東京では、ファッションよりも先に“音”があり、その音の周りにコミュニティが生まれ、自然とスタイルが形成されていった。BOUNTY HUNTERはその構造を誰よりも早く体現し、音楽とストリートをつなぐハブとなることで、東京カルチャーの根幹を形づくったブランドだった。

そして何より重要なのは、その精神が今も途切れることなく継承されている点だ。BOUNTY HUNTERの空気を吸って育った世代は、DJとして、バンドマンとして、アーティストとして、あるいはクリエイターとして、それぞれの現場でカルチャーを更新し続けている。彼らの活動の根底には、BOUNTY HUNTERが示した「音楽を中心にカルチャーを繋ぐ」姿勢が確かに息づいており、そのDNAが現代の東京シーンに新たな息吹を吹き込んでいる。

「家賃が高くて、 恵比寿しか無かった」

1990年代、裏原宿ムーブメントが一気に広がった背景には、当時の“家賃の安さ”というリアルな事情があった。
原宿駅から離れ、人通りもまばらなエリアに空き物件が多く、そこへ新鋭ブランドが次々と店を構えたことが、結果として「裏原系」という独自の文化圏を形成していくことになる。

やがてその流れは、次なるムーブメントである「恵比寿系」へと受け継がれていく。
勢いをそのままに、彼らはブランドの独立や立ち上げへ踏み出していく。しかし当時の原宿は裏原ブームの最盛期で、家賃は急騰。新しいブランドが構えるには現実的とは言い難い状況だった。
そこで、実際に出店可能なエリアを探し歩いた結果、行き着いた場所が「恵比寿」である。
家賃は比較的手頃で空きテナントもあり、さらに若者文化が新たに集まりはじめていた恵比寿は、新世代のストリートブランドにとって最適な拠点となった。
こうして、原宿で芽吹いたカルチャーは恵比寿という新たな土壌に根を下ろし、やがて“恵比寿系”と呼ばれる次なるムーブメントへと結実していったのである。

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恵比寿系に関係した音楽家たち

Hi-STANDARD

結成年:1991年

1990年代、日本の音楽シーンで「インディーズ」の意味を決定的に変えたバンドがいる。
Hi-STANDARDだ。

1991年に東京で結成された彼らは、USパンク直系のメロディック・ハードコアを武器に、メジャーに依存しないDIYの道を選んだ。その姿勢は、音楽・スケート・ファッションが地続きだった90年代東京のストリートカルチャーと強く共鳴していく。

1997年・お台場──AIR JAMという転換点

1997年、Hi-STANDARD主催で開催された AIR JAM は、日本のインディーズシーンを一気に可視化した。
メジャー主導でもなく、巨大スポンサーに縛られることもない。信頼するバンドとオーディエンスだけで作られたこの場は、「シーンは自分たちで作れる」という事実を明確に示した。

Hi-STANDARDを軸に、国内外のパンク/ハードコアバンドが集結し、ジャンルの壁は意味を失っていった。AIR JAMは、フェスというよりも意思表示だった。

AIR JAM以降のHi-STANDARD

その流れの先に、インディーズでミリオンを記録した
『Making the Road』(1999年) がある。
さらに PIZZA OF DEATH RECORDS を拠点に、DIY・ライブ至上主義という思想は次世代へと受け継がれていった。

GMF

結成年:1993年

日本のファッションブランド「DEVILOCK」の創設者・遠藤憲昭がヴォーカルを務めていたハードコアパンクバンド。1990年代前半、NYハードコアの影響を色濃く受けたサウンドを鳴らし、ライブは主に新宿LOFT、新宿ANTIKNOCK、高円寺20000V、SHELTER、下北沢屋根裏、Shibuya O-EAST、赤坂BLITZなどで行われた。後にストリートと強く結びつくDEVILOCKの思想は、この時代のライブハウスで培われた感覚と無縁ではない。

BACK DROP BOMB

結成年:1994年

BACK DROP BOMBは、90年代の日本ミクスチャーシーンを代表するバンドだ。
その中心人物、白川貴善は独特のヴォーカルスタイルでバンドを牽引すると同時に、ファッションリーダーとしても注目を集めた。

自身で立ち上げたファッションブランドEMPIREは、ストリートとアンダーグラウンドを結びつける独自の世界観を表現し、多くの支持を得た。
音楽だけでなくファッションでも90年代東京のカルチャーシーンに強い影響を与えた存在である。

 

SHAKKAZOMBIE

結成年:1993年

1990年代の日本ヒップホップシーンで活躍したSHAKKAZOMBIEは、音楽シーンに留まらず、自ら立ち上げたストリートブランドSWAGGERでも強い存在感を放った。

SWAGGERはヒップホップの自由でクリエイティブな精神を服作りに落とし込み、東京のストリートカルチャーに新たな風を吹き込んだ。
SHAKKAZOMBIEの音楽とファッションが融合することで、彼らは単なるミュージシャンを超え、90年代のカルチャーシーンにおける象徴的な存在となった。

この相乗効果は、後の多くのアーティストやブランドに影響を与え、音楽とファッションのクロスオーバーの道を切り開いた。

 

裏原系・恵比寿系
なぜ衰退した?

背景を知らない人が増えた

裏原系は、藤原ヒロシを中心としたイギリス・アメリカのストリートカルチャーを日本的に編集したことで成立した。
しかし次第に「文化」ではなく「レアだから欲しい」「流行っているから着る」という層が増え、思想の部分が薄れていった。
恵比寿系も同様で、メロコア/パンク/ヒップホップをルーツにしたファッションであったにもかかわらず、音楽を知らずに服だけを追う人が増加。
結果として、カルチャーの“核”が弱まり、ムーブメントそのものの熱量が下がっていった。

市場の拡大により、ブランドの個性が薄れた

ムーブメントが大きくなるにつれ、ブランドも大量生産へとシフト。
黎明期に持っていた「手作り感」「DIY精神」「仲間内の匂い」といった魅力が薄れ、一般的なアパレルと変わらない存在になっていった。
裏原系では限定アイテムの乱発、恵比寿系では定番化によるマンネリ化が進行し、特別感が消失していった。

恵比寿系が育てた
ZOZO TOWN

前澤友作はメジャーデビューしていた

1993年、前澤友作はハードコア・パンクバンド Switch Style を結成し、ドラマーとして “YOU X SUCK” 名義で活動を開始。激しいサウンドと独自の世界観で注目を集め、1998年にはアルバム 『METRONOME』 でメジャーデビューを果たした。

バンドと会社経営の二足のわらじ

1995年、バンド活動の傍らで手がけていた輸入レコードやCDのカタログ販売がビジネスの出発点となる。1998年有限会社スタートトゥデイを設立。2000年には事業形態をインターネット通販へと完全移行した。

恵比寿系隆盛からファッションも

2000年頃から、「EPROZE」という複数のファッションブランドを一つの街のように見せるオンラインストアを展開。これをきっかけに、アパレル事業で急成長を遂げていく。 最初に取り扱ったブランドは Devilock。その縁を起点に、恵比寿系ブランドの取り扱いが一気に拡大していった。 前澤はこの“恩”を今も忘れていないと言われ、宇宙飛行の際には着用した宇宙服に 「Devilock」 の名前を刻んでいたことでも知られている。

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|恵比寿系|
年表

裏原系後
「大人ストリート」の軌跡

'1996

|Devilock|
スタート

ハードコアバンド「GMF」のボーカルとして活動していた
遠藤憲昭が立ち上げたブランド。
ブランド名は、世界的パンクバンド The Misfits
の “デビロックヘア” に由来している。

'1997

|Mackdaddy|
スタート

日下部司が手がけたブランド。
もともとは鋲入りのリストバンドなどを中心に展開していたが、
のちにアパレルラインへと領域を広げていった。

|Empire|
スタート

ミクスチャーバンド BACK DROP BOMB のフロントマン、
白川貴善(TAKA) が立ち上げたブランド。
TAKAは“恵比寿系ファッション”のオリジネーター的存在として知られ、
彼のスタイリングは当時のキッズたちに絶大な影響を与え、
多くのフォロワーを生み出した。

AIR JAM
スタート

海外での評価も高まり始めていた Hi-STANDARD を中心に企画された、
パンクロック/ラウドミュージックとスケートボード、
BMXといったストリートカルチャーを融合した画期的イベント。

'1999

|SWAGGER|
スタート

ヒップホップユニット SHAKKAZOMBIE のメンバーである
IGNITION MAN(井口秀浩) と BIG-O(オオスミタケシ)
によって立ち上げられたブランド。

HEIGHT
オープン

MACKDADDYとEMPIREはBOUNTY HUNTERでの取り扱いが拡大し、
新たな拠点として恵比寿に店舗を構えることを決定。
そのタイミングでローンチ準備中だったSWAGGERも加わり、
3ブランドが揃うショップとしてオープンした。
初日から店は人で溢れ、
裏原から恵比寿へカルチャーが移る瞬間を象徴する存在となった。

AIR JAM
休止

Hi-STANDARDの活動休止によりAIR JAMも一時休止。
これを機にパンク・メロコアブームは一段落し、
ファッションシーンでもヒップホップをバックボーンに持つブランドが
勢力を伸ばし始めた。

'2001

|NITROW|
スタート

NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのメンバーと
グラフィックアーティストEIGHTによって立ち上げられたブランド。
2005年にブランド名をnitraidに改名し、
代表作の“REAL WEED”柄をはじめ、
多数の人気アイテムを生み出してシーンに一大ブームを巻き起こした。

'2003

HEIGHT
移転

恵比寿の店舗が手狭になり、
業務効率の課題から別の場所に倉庫を借りるようになった。
もともと原宿での出店を望んでいたこともあり、
裏原ブランドfamouzの跡地に移転。
広々とした新店舗は当時としては新鮮な存在だった。

'2004

|PHENOMENON|
スタート

SWAGGERを手掛けたBIG-Oが「音楽を洋服に変換する」
を理念に立ち上げたブランド。
ファッションに音楽性を取り入れることを重視し、
多様なジャンルを横断するミックス感覚が特徴。
特にストリートにスリムなシルエットのボトムスを
もたらしたことで知られている。

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この記事の監修者:

Qkaku

株式会社KATOが運営する、アパレルリユースショップ「Qkaku」は、 「挑戦のはじまりを、もっとそばに。」を理念に掲げ、
ファッションの価値を見直し、
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スタッフには国内大手リユースショップで10年以上の査定実績を持つプロや、 海外バイイング経験者も在籍。
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